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長崎地方裁判所佐世保支部 平成元年(ワ)99号 判決

原告 尾上七五三雄

〈ほか九名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 小西武夫

同 熊谷悟郎

同 原章夫

被告 国

右代表者法務大臣 左藤惠

右指定代理人 福田孝昭

〈ほか七名〉

主文

一  原告らの主位的請求を棄却する。

二  原告らの予備的請求を却下する。

三  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告らに対し、別紙請求金額目録記載の各原告の請求金額欄記載の金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、旧軍人としての在職年が最短恩給年限に達しないため普通恩給を受ける権利を取得できなかった原告らが、国家賠償又は国家補償を求めたものである。

一  争いのない事実

原告らは、別紙軍歴目録記載のとおり、下士官以下の旧軍人として太平洋戦争等の軍務に服したものであるが、恩給法(恩給法の一部を改正する法律・昭和二八年法律第一五五号)が定める下士官以下の旧軍人に対する普通恩給の受給権取得の要件である在職年一二年の最短恩給年限を満たしていないため、普通恩給を受けられない者である。

二  争点

1  原告らの主張

(主位的請求、国家賠償法一条一項による請求)

(1) 恩給法上、前記のように普通恩給についての最短恩給年限を一二年と定められているが、在職年算定において、実在職年に出征地等により異なる加算年を加えることとし、復員後公務員となった者はその在職年を通算することとし、恩給支給額を旧軍隊の階級に応じて定め、一定の障害を残す傷病者には最短恩給年限の制約なしに年金たる恩給を支給することとしていることにより、旧軍人のうち普通恩給等を受給できる者と受給できない者との間に著しい格差が生じており、このような差別的な取扱は憲法一四条一項の法の下の平等に反する。

(2) 太平洋戦争等を遂行した国は、旧軍人の戦争に起因する肉体的、精神的苦痛・損害・損失に対して、憲法二五条、二九条三項、一一条、一三条、一四条一項に基づき平等かつ完全な救済を補償する法的責任を負っている。

(3) 内閣、国会及び国会議員は、恩給法制定にあたり、前記差別的内容の法律を成立させ、更に右差別を是正する立法をしなかったものであり、公務員の故意又は重大な過失による立法行為及び立法不作為にあたる。

(4) 原告らは、少なくとも、恩給法上の旧軍人に対する普通恩給の最低保障額を、それぞれの在職年について最短恩給年限に比例させて求めた金額の二〇年分に相当する別紙請求金額目録の損害額欄記載の各損害を被っており、原告らの損害額の各一〇パーセントを内金として賠償請求する。

(予備的請求)

原告らは、国が無謀な侵略戦争を開始し、その終結を遅らせたことによって、国家防衛という目的のために旧軍人として特別の不利益を課されたものであり、憲法一三条、一四条一項、二五条一項、二九条三項により補償請求する。

2  被告の主張

(1) 憲法上、恩給法の立法を義務づける命令的な規範は存しないから、国が旧軍人に対して恩給を支給するか否か、支給するとすればその受給資格、金額をいかに定めるか等については、国の立法政策の問題であり、原告らが差別的取扱いと主張する点については、いずれも合理的理由があって、何ら違憲とされるいわれはない。

(2) 予備的請求は、行政事件訴訟法四条後段の実質的当事者訴訟にあたり、民事訴訟である国家賠償請求との併合は許されないから却下されるべきである。

(3) 原告らは、戦争により特別の不利益・犠牲を被ったものではなく、また原告らの主張する損失は、現行憲法施行前に生じた原因に基づく損失であるから、同憲法を根拠とした請求は認められない。

第三争点に対する判断

一  主位的請求について

原告らは、国が差別的な内容の恩給法を立法したこと及び右差別を是正せず放置した立法の不作為は、憲法二五条、二九条三項、一一条、一三条、一四条一項に違反しており、これにより、原告らが年金たる普通恩給を受けられない損害が生じたと主張して、国家賠償法一条一項による請求をなしているところ、憲法の右各条項を含むすべての条項に照らしても、憲法上、国がすべての旧軍人に恩給を支給する義務を負っているものと解することはできず、旧軍人のいかなる範囲に、どの程度の恩給を支給するかは、立法府が国の財政、旧軍人の地位、旧軍人以外の公務員との均衡、国民感情、恩給制度の沿革等諸般の事情を考慮して合理的な裁量により決定する立法政策に委ねられている。恩給制度の趣旨は、公務員が一定期間公務に従事して退職又は死亡などした場合に、その在職期間内における経済上の取得能力減損を補うために、年金等の金銭を支給して、退職公務員又はその遺族の生活を保障するものであるから、恩給法上旧軍人の普通恩給の受給権取得に一定年数以上の在職を要件とし最短恩給年限を定めること、旧軍人のうち職務に関連した負傷又は疾病により障害の生じた者に対して、最短恩給年限の制約なしに障害の程度に応じて年金たる恩給を支給すること、旧軍人の在職年の算定につき、実在職年に加えて、勤務地及び職務内容を考慮した加算年が加えられること、旧軍人のうち退職後公務員となった者は、在職年が通算されること、恩給額の算定について在職中の階級に対応する俸給年額を計算の基礎とすることは、いずれも右制度の趣旨に副ったものであり、国会が普通恩給の最短恩給年限を一二年と定めたのは、前記立法の裁量の範囲内でなされたものと認められるから、原告らに対して憲法一四条等に違反する不合理な差別的取扱いがなされているとは認められない。

よって、国の立法行為(不作為を含む)により法的な利益を侵害されたとする原告らの主張は理由がなく、また国が太平洋戦争等を敢行したことにより原告らが損害を被ったとして国家賠償法上の損害賠償を求める原告らの主張は、同法施行前の原因を主張するもので、それ自体失当である。

二  予備的請求原因について

憲法二九条三項等に基づく原告らの予備的請求は、行政訴訟(行政事件訴訟法四条後段)に該当し、民事訴訟手続による主位的請求との併合の要件を満たさないから(民事訴訟法二二七条)、不適法として却下するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 土屋重雄 裁判官 吉田京子 野村高弘)

〈以下省略〉

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